山本美香さんについてシンポジウムが開かれます。
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絵画作品集「どうせなにもみえない」についてみなさんに御礼です。現代美術の作品集としては異例な事ですが、発売してもう2年目を迎えようとしているのに、いまだに書店で動き続けていてくれて、先日、幾度目かの増刷の御知らせをいただきました。美術出版物中という限定付きではあるのですが、ベストセラーの部類だそうです。
あれは強行スケジュールの中、若いスタッフを揃えて制作したものですが、デザイナーや執筆者らと交わした、深夜〜早朝の膨大なメールのやり取りが懐かしいです。
実は「どうせなにもみえない」は、思い切って作品収録対象を肖像画にほぼ限定し、かなり内容を絞り込んだ書籍になっています。私の代表的シリーズであるStereotypeや風景画などはずっと書籍化を待機している状態です。どうなっているんだ!との声も聞きますし、考え始めなければならない時期に来ているようです。
余談。
ベーコン展の特設サイト にコメントを寄せたのは以前御知らせしましたが、寄稿者中、肩書きに「画家」とあるのは絵画の展覧会にも関わらず、私と野見山暁治さんだけである事に、ふと気付きました。
それ程までに現代において「画家」は存在感が希薄になってしまったのでしょう。私は誇りをもって「画家」といい続けたいし、それにふさわしい仕事をと、心に決めました。

先日、練馬区立美術館で開催された「牧野邦夫へのまなざし」は、僕を囲んでこんな感じでした。スマホでぐるっと撮影してみました。いつもよりずっと皆さんとの距離が近く、とても話しやすかったです…って、近すぎでしょう。これは w。展示室が完全に塞がってしまいました。
この春、東京ではとんでもない展覧会が多数実現していて、ゴールデンウィークの中日に、ラファエロでもなく、一角獣でもなく、ダヴィンチでもなく、ベーコンでも、ロペスでもなく、国内物故作家でも最もマニアックな展示に足を運ばれる愛好者が、これだけ大量に存在するというのは、美術ファン層の厚みを感じたのでした。
実は、僕自身も牧野邦夫を無批判に賞賛する気はないのです。確かに破格な画家であることは間違いない。けど好きか、と問われれば「興味深い」としか答えられません。でも全肯定の崇拝者よりも、疑念を抱きながら分析する画家の視線、というものを敢えて示し、聴講者と一緒に考えてみようという、野地学芸員(左端)の意識を感じていただければよかったのかな、と思います。
最後には、晩年のモデルにして最愛のひと、千穂さんにも参加していただき、奇跡的な時間となったのでした。

また本の話題で恐縮です。デザイン誌 アイデア 358号に、以前装画提供した角田光代さんの「かなたの子」のブックカバーが掲載されています。見開きでA3はあろうかというサイズなのでびっくり。現在国内のブックデザインの分野で良質な仕事をしている8名をピックアップした特集号だそうです。
「かなたの子」を装幀した大久保明子さんには私に対するコメントもいただいてました。いわゆるスーパーリアリズムと僕の絵画は違うことを指摘。聡明。何故このように明瞭なことが装幀家に看破できて、一部の美術批評家にはわからないのか不思議です。
この本は、泉鏡花賞をその後受賞したのだけど、泉鏡花といえば、橋口五葉。つながってゆくものです。
他にも「少年は残酷な弓を射る」でお世話になった川名潤さんも紹介されてました。

先日、フランシス・ベーコン展のレセプションに出席しました。これがまた御奨めの展覧会で、日本ではまず実現しないかと思うような展覧会が、特に今年は目白押しです。
公式サイトのコンテンツ「BACON'S WORLD」では各界のフランシス・ベーコンに対するコメントが続々更新中で、不肖私も依頼をいただいたので、よせてみました。のぞいてみてください。
ベーコンは広義でリアリズム絵画といっていいと思います。

こういう生業をやっていると、サイン本がしらずしらずのうちに集まってくるものです。また、アーティスト同士でお互いにしあったり、というのは我々にとってささやかな楽しみなのでしょう。例えば、昨年なら吉村芳生さんや荒木飛呂彦さんなどにいただきました。
年々、サインをかくことも増えてきます。出来るだけ求められれば応じるのですが、以前うどん屋さんで御用聞き用のメモ(醤油染み付)にしたことだってあります w。あれは愉快だったな。
写真はアトリエまで取材に来てくださった新人編集員の方と拙著。僕はこんな感じです。もうひとつ別のパターン、モノグラムの場合もあります。

これは先日、御仕事した小谷忠典監督のサイン。シンプルですね。
昨日のスナップ。ファーストROMにサインをしている、村田さんちのタマ嬢。駆け出しのフォトグラファーだけあって、ひとつひとつ丁寧。たどたどしくもキュートなイラスト入りです。

『ドキュメンタリー映画 100万回生きたねこ』 1月6日 上映後、小谷忠典監督との公開対談を終え、ほっとするあまりに弛みきった表情をしているところです w。
あまたのアートイベント目白押しの日曜日、正直動員が心配だったのですが、補助席+立ち見で埋まり、わざわざ御運びいただいたのに入場を御容赦いただいた方々も出てしまったようです。この場で御詫びと感謝を申し上げます。
写真は対談後のオフショット。小谷監督(右)の髪型のシルエットに合わせてみました w。相似形でしょ。
なかなか感慨深い時間で、バックステージの雑談では様々な縁のような偶然も発見出来ました。
当日の様子が映画公式サイトでアップされました。

年明けの初仕事について、御知らせです。
現在、渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開中。反響がひろがりつつある 『ドキュメンタリー映画 100万回生きたねこ』 1月6日(日) 15:00の回上映後に、小谷忠典監督と不肖私諏訪敦の公開対談が予定されています。
さらにこの日トークのある15:00の回来場者の方には、私の自己紹介代わりの資料として最新インタヴューが掲載されている「PARTNER」VOL.23を特別無料配布いたします。
「読みたいけど、手に入れられない!」という声も多数あった本号。編集部さんのご厚意でご来場の方にお渡しすることが決まりました。
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詳しくは『ドキュメンタリー映画 100万回生きたねこ』
WEBサイト:http://www.100neko.jp/index.html
当ブログの写真は公式サイトより転載。
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今年もよろしくお願いします。

本年度中も、いろんな分野の方がこの狭いアトリエにまで会いにきてくださいましたが、その中でも印象的だったのは FILTER LLC. の主宰者中村純基さん。日本の新しいスタンダードなテーブルウェアを目指した製品、アトモスフィアを見せてくださいました。
ファイヤーキング的なものかな。と思いきや、さにあらず。中村さんによると一見簡単そうな「乳白色」「硬質ガラス」というシンプルな条件で、均一にクオリティを出すのはとても難しい注文だったそうで、数知れない工房をあたり、やっと北海道・小樽で対応出来る硝子職人さんと出会い、それが可能になったそうです。
春〜この冬までずっと使ってみましたが、うっすらと透ける質感は、飲み物の色彩の表情をとても繊細に見せてくれます。特に、内側の飲み物の水面境界の見え方が溶けあうようで、独特。外側も飲み物の色がふんわりと匂う感じです。ガラスなのに厚みと暖かみがあるので、季節を通して違った表情を感じながら使うことが出来ました。
純国産、新しいスタンダードというのは、とても高い目標設定だと思いますが、中村さんの情熱を注がれている御話をうかがうのは、楽しい経験でした。
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ローマにて。2010年開館したイタリア初の国立現代美術館、国立21世紀美術館 (MAXXI) のエントランスレバーです。一見場にそぐわない気もするでしょう。個人的にはステンレスの工業製品特有の冷たさがいい。こういう機能優先のデザインは大好きだ。
外観はこんなで、かなり派手。ちょっと前のアニメ風タイポのディテールをまず想起してしまった。設計はバグダッド出身の女性建築家、Zaha Hadid。脱構築主義の代表格。
内観の導線はかなり複雑に見えて、意外とシンプル。ちょっと空想的で異空間の楽しさがある。

午後はローマとあって、バロック期を代表する正真正銘の天才ふたりを見て回るためにパラッツォ・バルベリーニ国立古代美術館へ。
まずはカラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio)。『ホロフェルネスの首を斬るユディト/Judith Beheading Holofernes』(1598年 - 1599年)と『ナルキッソス/Narciso』(1597年 - 1599年)を堪能。『ホロフェルネスの首を斬るユディト』(部分)に観られるように、刃物の扱いなどの動勢描写の破格なリアリティは「奴は人殺しをしたことがあるにちがいない」と当時、疑惑を呼んだ。このあと実際に彼は殺人を犯し、逃亡先で死去するが、死因は画家らしく、実は毒性の高い当時のシルバーホワイトを多用した為による中毒死だったようです。

もうひとりはジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini)。彼はいわずとしれた、奇跡的な彫刻でローマをバロックの美意識で塗り替えた彫刻家だが、ここでは珍しい、彼のタブロー『David』を至近距離で拝める。画家としてもかなりの技量だったことがうかがえる。

今日の締めは「聖テレジアの法悦」(ローマ、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会堂コルナロ礼拝堂)。聖女テレジアが神の光に満たされる神秘体験を活写。ベルニーニは礼拝堂の全てを設計したそうで、バロックのインスタレーションとも思える。実際、過剰装飾に包囲された中の祈りは、18年前にスペインのとある寒村を訪れ、プレロマニコの質素な礼拝堂で体験した祈りとはまったく別種のものでした。

トスカーナ地方にはモンテルキという、ピエロ・デラ・フランチェスカが15世紀に描いた「出産の聖母」で知られている村があります。この絵はこの地域から出たことがなく、おそらくいかなる美術館や企画にも貸し出さないことでも有名で、観たければここを訪れるしかありません。
この写真はモンテルキ郊外に13世紀に創立された教会〜墓場(Santa Maria de Momentana )を俯瞰撮影したものなのですが、ここの礼拝堂に「出産の聖母」が15世紀に描かれ、1922年に現在の Museo della Madonna del Parto (出産の聖母美術館)に収蔵されるまで、保管されていたのだそうです。
現在観るべきモノは何もないのは知りつつも、用意された収蔵場所より本来的に置かれていた場の空気が知りたかったわけです。オリジナルの建築物やフレスコがあったはずの奥の壁面は構造も変わり、残っていないようです。地元の人も何故こんな辺鄙な場所に日本人がくるのか不思議そうでした。

この写真は正確には登ってみたのではなく、その逆です w。見上げてます。
ウンブリア州の南、オルヴィェートというルカ・シニョレッリのフレスコで有名な町には、16世紀の螺旋構造の井戸 Pozzo di San Patrizio が残されていて、深さ62メートルの底まで降りることができます。ときの法王クレメンス7世の命により高台の城塞都市に掘ったものなので、おおがかりで建築としておもしろいものです。

フィレンツェで、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のDuomoに登る機会がありました。でもあんなきつい思いをして8ユーロも支払うなんて、解せない w。高さ90mのクーポラ頂上までは階段464段もあったらしい。屋根を見下ろすとこんな感じです。

クーポラ内フレスコ『最後の審判』は「画家列伝」でおなじみのジョルジョ・ヴァザーリとフェデリコ・ツッカリ。日本では「地獄」の絵本がママさんたちに大ヒットだそうだけど、西洋の地獄はえぐくて、わけがわからないこわさです。
サン・ジミニャーノ歴史地区に移動しました。12世紀にコムーネとして独立し、シエナ派の芸術家を多く輩出しているそうです。
特徴的な塔は最盛期は70あまりもあったそうで、現在は14本の監視用の塔が残されています。
ドゥオーモ広場わきには52mの唯一現在登頂可能な塔があったので、ここでも性懲りもなく、階段で登ってみました。
こんな感じでかなりこわいです。
移動しました。ヴェネツィアと言えば、そこここで Giovanni Bellini の名を目にします。
アカデミアでも良品が数多いけど、San Zaccaria の「玉座の聖母と諸聖人」は全ての人物の表情が素晴らしく、静謐な気分にさせてくれます。
対岸には、かの Peggy Guggenheim COLLECTION があります。近代〜現代美術の歴史をダイジェストで見せてくれ、邸宅サイズとは言え全てが名品。 Alberto Giacometti の過渡期を思わせる作品に感激する。先日のピエタに続き、珍しい横のショットを。

ごくちかくには、安藤忠雄さんが古い税関を改装した新しい現代美術館 Punta Della Dogana があって、なかなかない巨大空間。 写真は Paul Maccarthy の近作。かなりのえぐさ。これが9体並ぶのは壮観ではある。

現代美術のシーンではこのごろ、剥製の実物をリファインした制作をよく見かけるようになりましたが、これも論議を呼びそうな、Adel Abdessemed のインパクトある作品。
ホテルに帰って、御当地のべたべたに甘いカクテル「Bellini」 w をいただきました。
イタリアで年末を過ごすことになってしまいました。
上半身はこんな感じ。14世紀の作にしてなお、ロマネスク的な素朴さを残す。硬く、硬直したイメージは、ちょっと表情が珍しく、全体を通しても印象的でした。
博物館のおわりに設置されているは、ミケランジェロ84歳の晩年のノミ跡も生々しい、つまり最後の作品にして至宝。ロンダニーニのピエタです。 体力が弱ってしまった彫刻家の手の跡が残り、完璧な仕事ぶりの若き日の作品と見比べると、これがあのミケランジェロ、と絶句してしまうような衰弱ぶりを見て取れます。 でもこの作品のファンは多く、私の知るアーティスト達もこの作品を賛美してやまない者が多い。