一部で周知の事実になってしまっていましたが、私は広島にもうひとつ住所を持つことになりました。いろいろ大人の事情でこうなった訳ですけど、せっかく月の何割かを広島で過ごすので、制作とリンクさせたいところです。実はこのブログも新幹線でかいています。
関係者の皆さんは連絡先はいままで通りで大丈夫です。首都圏にある本来の家はそのままですし、確実に連絡はつきます。広島の拠点には電話はおきません。秘密アジト(笑)。
現在はプロジェクトもののスーパースター、蔡国強さんが広島市現代美術館でヒロシマ賞受賞記念展をやっていますが、この街はあたかも世界の駅みたいに、あまたの名だたるアーティストが広島をテーマにした制作をするため、世界中から集まっては流れて行きます。
私もステレオタイプシリーズでやはり原爆をテーマとして扱う予定でしたが、参考にチェックした過去の作家たちの作品には、そのプランニングの緻密さとはそぐわない余所者具合に、どこか違和感を感じていました。まるでインパクト芸人が一発芸を披露しては去っていく感じで、空騒ぎの繰り返しの印象。それは避けたい。
あらゆるスタイルがそこで試され、もう何もする事もないかもしれませんし、あの強烈な印象の原爆ドームでさえ日常の風景とする地元の人たちに、他所から来て適当に歴史をおさらいした美術家たちが異口同音に「〜を思い出させる」などと口にするのは、まったく幼稚でおこがましいセリフにも思えます。
私はとにかく何が見えてくるか、爆心地にしばらく住んでみることにしました。直線距離にして実際の爆心地と分析されている島病院より300m以内の地点で、そのとき3,000~4,000℃に達した地域。B-29爆撃機のガンサイトの中心円に、私の部屋の区画も見えます。60年あまりを経て現在は夜も騒々しい繁華街の中心です。日々そこで漫然と暮らしていても何も制作にはつながっていかないかもしれませんし、あるいは明日にでも描き始められるかもしれません。いずれにしろ時間が経過しなければわかりませんが、乞う御期待。