「弟子」について

10日、オープニングでした。夜にちょっとだけ、周囲の画廊への挨拶がてら会場にいました。
ギャラリーにつくと、スタッフの愛ちゃんが「弟子になりたいって、メッセージありましたよ」とカードをくれました。
「弟子!」落語家のような、ノスタルジックな響きです。大正あたりの日本画家では、師匠の家に住み込みで、掃除、道具の用意などを数年奉公をこなして、やっと基本から習うのが普通であったらしい。この子はそこまで考えていないと思うけど(笑)。
これまで、「舎弟」はいました。決して暴力で支配していたわけではなく(笑)何のことはない、突然やって来た彼女に「師匠!」と呼ばれたので、自動的に舎弟にしただけです。別に何を教えるわけでもなく、初期に技術的疑問に答え、あとは雑談及び年に一度飲む程度。いまや、彼女も雑誌の表紙を飾るようなアーティストになって、そういう力関係は不要になりました。
一番気持ちのいい関係は、知らないうちにリスペクトを表明してくれたケースです。ごくたまに雑誌等で若手作家がそう発言してくれるのを目にする事があります。それに反応したりはしないけど、覚えているし、たとえ直接会う機会が無くても、注意して作品の推移を見るようになる。これまでに数年を経て、一部の方が人気作家になることもあったりで、そうなると私だって嬉しい。
それ以上に彼らを失望させたくないので、むしろ私の方が頑張れる原動力になります。
写真は横浜で行われている コンテンポラリーダンスの祭典「大野一雄フェスティバル2009」PINA BAUSCHの追悼展。
孤高の印象がある大野さんも、ピナさんも、多くの優秀な弟子たちに現在は支えられている。考えさせられました。
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