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2011年2月

東海道

20110226
新幹線の車窓からはこんな風景も見れます。
春が来ちゃいますね。

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お知らせ

この記事を仕事用に入手した macbook air とホテルで借りた wifi で、パリパリのシーツの上で寝そべりながら書いてます。Solid State Driveの威力か膝に乗せても熱くないし、ファンも回らない。何より軽い。偉い。快適快適。

本日発売、天下のアサヒカメラ3月号の巻頭記事で、田沼武能先生のポートレート作品として、不肖私が掲載されてます。
また、月刊美術3月号では、プライベートのくだらないコレクションを披露してます。
書店で手に取ってみて下さい。

20110220_2

これからこいつに乗り込みます。

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今年の新作

20110215雪が降ると嬉しい。

この雪も昼には溶けて消えてしまうだろう。

小一時間かけてつくったこれもすぐに消える。

きっと、みんなそうなのだ。

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器用

20110213
さっき行きつけのカフェのオーナーの奥さんにいただきました。
ルームシューズ。色の取り合わせがいいので飾ってもなかなか。
毛糸でこんな風にも作れるんですね。ありがとうございました。

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金属フェチの心 34 謎の部品

20110211先日、大阪のオフィス街に残る芝川ビルに寄りました。昭和2年竣工のレトロなビル。mole hosoi coffeeや、金子眼鏡店などオシャレなテナントでいっぱい。アートイベントも行われるそうです。

ヘンな部品を見つけました。各階の踊り場脇、胸の高さあたりに設えられています。想像なのですが、これ、パイプでつながっているようなので、各階の連絡用の電話代わりだったのではないでしょうか。
実験してみましたが、ちゃんと聞こえました。
でも大声で叫んだ方が全然鮮明(笑)。石造りの階段室で迷惑な程声は響き渡るのです。
う〜ん、謎だ。
メモでも落とすのかなあ。でもそれじゃ、一方通行の連絡しか出来ない。
連絡用ではないのかな。

誰か正解知っているでしょうか。

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十代のときめき

先日、新幹線に乗っていたら斜め前の席に、十代の頃好きだったバンドの Vo.とB.が座っているのに気付きました。去年、十何年か振りの新譜が出たので購入しましたが「くぉ〜ぬぉ〜ぃよ〜の豚ぁ〜どぉ〜も」と恥ずかしげもなくアグレッシヴ。変わらぬ怒濤歌唱は感涙ものでした。
クラプトンみたいに渋い大人にならないとこが素晴らしい。
その彼らが同じ車内に。そわそわ。

僕はこのごろ相当な有名人とお会いする機会に恵まれても、全然平熱。御相手に申し訳ない程ローテンションのままなのです。ひょっとして不感症。画家なのに感激しなくなって来ているのでは、と気にしてましたが、マニアックな部類のアーティストなのに十代の頃に刷り込まれたときめきは強烈。好きだった女の子と不意打ちで出っくわした高校生のように、どきまきしていたのでした。当然、声なんかかけられませんよ。

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葛河思潮社『浮標』を観た。

葛河思潮社『浮標』。作・三好十郎、演出・長塚圭史を観に、吉祥寺シアターへ。
筆を半ば折っている洋画家の夫(田中哲司)と、結核で死の床にある妻(藤谷美紀)の臨終までの日々を描写したストーリー。上演時間、4時間あまり。これは長いぞ。
最前列だったので、俳優さん達の挙動を詳細に観察出来、最後までしっかり観れました。

いわゆる難病もの。薄幸で美麗の患者に共感させるべく誘導するような定番の〝泣かせ〟モノかと思いきや、そう単純ではありませんでした。
ほぼ全編に渡って献身的に看病する主人公は、誠実、純粋、直情のイメージ。にもかかわらず自分へほのかに関心を寄せ始めた医者の妹の思いに気付き、恫喝的に問いつめ、確定的な妻の死後、再会の相手として刻印するような、醜く残酷なシーンが不意に挿入されます。それが誰もが持つこころの濁りを明らかにし、70年前の脚本が持つリアリズムの意気を思わずにいられませんでした。
また、印象に残ったのは、枯山水とも植田正治調にも見える抽象性の高い舞台美術でした。俳優の手腕に依る部分が強調され、緊張感の持続に寄与している気がしました。

出演:田中哲司、藤谷美紀、大森南朋、中村ゆり、佐藤直子、峯村リエ、江口のりこ、安藤聖、深貝大輔、山本剛史、遠山悠介、長塚圭史

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「息もできない」を観た。

20110202
原題は『똥 파리(糞蠅)』。
ヤン・イクチュン監督は主演も務め、30代とかなり若い。

やたら人が死ぬ。
DVの描写。
絶え間ない暴力。
長い尺。
予想が容易い筋書き。

僕の嫌いな要素がてんこ盛り。更に氾濫し食傷気味だった韓国の映像。
でも、傑作の部類だと言わざるを得ない。

事実、僕が鑑賞している最中でも、あまりに暴力シーンがひどいので、席を立つひとがけっこういました。
主人公が「人を殴る奴は自分は決して殴られないと思っている〜でもいつか自分が殴られる日が来る」といった台詞を吐きますが、それが象徴されるような展開。
でも、安直に盛り上げるため暴力を扱っているようには思えなかった。

ヤン・イクチュン監督が私財を犠牲にして完成までに漕ぎ着けたというインディー作品らしいのですが、このスクリーンから発散される熱さはなんだろう。低予算、地味目なキャスト。でも最初から最後まで、掛け値なしに画面に惹き付け続ける力わざ。これが長編デビュー作とは信じられない力量。
映画のための映画ではなく、正に人間を扱っている。それも映画でなくては出来ない描き方で。
確かに粗もあるし、稚拙な部分も覗く。でもそれがどうしたってえの、と思わされる佳作。

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「白いリボン」を観た。

20110201
ミヒャエル・ハネケ監督の「白いリボン」を観てきました。
息子に幼い頃の無垢さを忘れないように、と屈辱的な「白いリボン」を義務づける高圧的な牧師と、映画全体に漂う閉塞感はどこか似ていて、観賞後はちょっと気分が悪くなりました。「これがわからない馬鹿じゃないんだろ」とどこかハネケ監督に言われているようで(笑)。裏を返すと、観客に対する敬意がはらわれているとも感じられる。
映像はとても美しく、濃密。パンフの印刷も良い。
緻密で計算され尽くした刮目すべきリアリズム映画であるけど、子供が虐待されたり、子供たちの不気味さを匂わされたりするのは、現在の僕に限ってはヘヴイに感じさせられました。

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