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2011年4月

金属フェチの心 36 擬態。熊顔南京錠。

20110501

今日はデザイナーさんの事務所へ、解説執筆者と諏訪市美術館一年生学芸員の矢ケ崎さんと連れ立って、ミーティング。
ともあれ、僕の制作が終わらないとどうしようもないってことだけはわかりました。メインの議題、本と宣材の方向性や心配していた予算関係があっさり決まってしまい、拍子抜け。会うと話しが早いね。
あれ。もうこんなんで帰って良いんすか。僕。

通りかかったちいさな店で、これ以上ない!ってほどの熊顔の英国製南京錠を発見。南京錠の耐性の定量的評価としての、Sold Secure の刻印があります。
ボディがくすんだ真鍮で質感はいまいちだけど、偶然にしてはこの熊っぽさは出来過ぎで笑える。思わずお買い上げ。
密かにチーム初顔合わせの記念という意味もあったのです。

そうそう!7月の諏訪市美術館の個展のBGMは、猿山修さんが、書き下ろして音源を制作してくださる事に決定。
音響管理はこのブログでは御馴染みの倍音原理主義者、小松音響さん。これは実は凄い組み合わせで、地方でこっそり開催する僕の展覧会なんかにはもったいない。

諏訪市美術館の個展では、新刊画集の先行発売もいたします。
内容はタイトに、濃く。
肖像画をテーマに絞り込んだ内容の本です。
1冊目の画集とは内容にダブりなし。
WEB にも出してない未公開図版が多くを占めます。

成山画廊での個展出品作は美術業界誌ではない某誌で先行掲載。画集にどういう形で収録するかは思案中。


帰りがけに白金の企画展、Shuffle が今日までですよ、と言われたので、言われるがまま観に行きました。

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ドローイング描かなきゃ。

20110426
画集の編集作業は、若くて才能ある学芸員を引きずり込んで、彼に解説のほとんどを御願いしちゃいました。
「こりゃ楽になったわい」と思っていたら、掲載する絵や資料は当然、著者である私が描かなくては何も前に進みません。今日は広島のスタジオで以前描いたドローイングの修正+データ化の作業中。

そんな苦痛の日々に嬉しい知らせ。最後の純文学者、古井由吉先生に寄稿いただけそうです。

写真は以前某新聞で公開した、僕の私物の伊藤晴雨。緊縛絵師として名を馳せた晴雨。こんなエロくてストーリー性のある絵を、大正あたりにさらさら量産していた。新聞の事件記事や舞台評の口絵をこなした「筆ネィティヴ」は数で鍛えられている。

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縄文。

20110422
母と叔母を呼び寄せた家に行ってみると、玄関にタケノコの皮が生けられていてぎょっとする。つまらないゴージャスなだけの花が挿してあるよりよっぽど素敵だけど、縄文の呪術みたいだ。
老境にさしかかり、北海道からいきなり関東に住めという無茶をどうかと思っていましたが杞憂だったようで、近所の方々とどんどん仲良くなってしまう。今朝も農家に呼ばれてタケノコを掘って来たらしい。
こういう造形も身に付いたものなんだろう。

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解熱剤と仲良し。

無理がたたって熱をだしちゃいました。始発電車に乗って新幹線に向かう時は倒れそうでした。
ガンガンにドーピングして一日をやりすごす。大学で事務関係を一気に片付けました。
そしてまたとんぼ返り。大阪に寄りたかったのだけど、無理そう。

そして新しい画集の編集はどんどん進んで行く。
執筆依頼は私が直電を入れます。まったく迷惑な話です。
対談相手はまだ迷ってます。北川景子さんと「化粧映えする女」について語ろう!と提案したら、敢えなく却下。またも呆れられる。
真面目な話としてはある学者さんが候補にあがってます。でも、あまりにハード過ぎる。華が無い。そんなん最後まで読んでいただけるのか。どうする。

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再生

20110418
今日はこんな絵を描いてました。
風邪なのか、アレルギーかわからないけど頭が痛いや。
この絵はとりかかったばかりだけど、初夏のころより頻繁にこのイメージを目にすることになると思います。

御無沙汰だった仕事仲間がアトリエまで来てくれた。懸案中の企画内容を話すことが出来て、すっきり。
不信や自尊心と闘う事の多い商売で、今朝方もちょっとチクリとする事がありました。けっこうげんなりしていたのですが、タイミング良く彼がちょうど来てくれたので傷も浅く復活。
彼は考えるタイプのひとなのに、すれっからしにならないところが良い。会うといつも雑談の中で自分の頭に埋蔵されていた萌芽のようなものを発見出来ます。

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どうしよう。

20110414

ついに重い腰を上げて新しい書籍の制作に入りました。
オファーをくれた出版社の応接室で、編集者、解説執筆者、デザイナーさんとミーティング。するすると話しは進んだのだけど、テキストコンテンツがもの足りない気がする。
「これは対談だな!」と言ってみたものの、誰と対談すれば良いかなんてすぐには決まりません。折角の機会だから普段会えない方にお会いしたいし。
「一体誰に会いたいのですか」と問われたので「まんだひさこ」と思ってもいないことを言ってみたら、もの凄く呆れられました。
真面目な話、僕が誰と対談したら読者は興味を惹かれるのでしょうか。自分ではわからない。困った。

休憩。都内をうろうろ。
濱中史朗の酒器と、浪花家総本家のたいやきをお買い上げ。せっかくのクールな酒器を、こんないい加減な使い方で良いのでしょうか。ちくちくしてるのに何故か手に納まりが良い。

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いただいた映像

さっき、制作者の安達ロベルトさんよりお知らせいただいた映像です。
とても綺麗。
業界私用率の高いRICOHはこうやって使うのか、って感じです。
安達ロベルトさん作曲、演奏、出演(!)。
RICOHの公式サイトでもGXRのトップページにあがっています。

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俺の桜

20110410
ほとんど外出出来ない毎日ですが、散歩してみました。
世の中がどんな状況でも桜の花はさくわけです。
みなさんは、毎年必ず会いに行く桜の木はあるでしょうか。
先日あるFMでは、勝手に「俺の桜」として、毎年見続けている桜とのエピソードについて、リスナーの投書を募ってました。
僕にとっては御近所さんの庭木がそれかもしれません。
個人の庭木としては規格外のでかさ。家より全然でかいし隣が空き地なので敷地も大きくはみ出しています。その適当さ加減が豪快で大好きなのです。毎年見事です。

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鷹見明彦先生の訃報にふれて

少し前の話になりますが、鷹見明彦先生(美術評論家)が3月23日にお亡くなりになったそうです。55歳とまったく早過ぎる。
同じ北海道出身というのは、訃報報道で初めて知りました。
美術手帖を中心に現代美術の評論を多く手がけ、初期の蔡国強氏の活動支援でも知られています。
僕との接点を想像する方は皆無でしょうが、実は僕と海外を具体的な形でつないで下さったのは鷹見先生だったのです。今年もその企画は継続中であり、先生にいただいた突然のメールがなかったら、僕の海外での活動はなかったかもしれません。

懐の深い方でした。
残念です。
御冥福を謹んでお祈り申し上げます。

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斉藤和義「ずっとウソだった」

そう簡単には原発を手放そうとしない連中がいるのはわかっている。

でも表現者たるもの。

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展覧会情報

6月は @ 成山画廊 。

乞う御期待。

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金属フェチの心 35 続・金属製鉛筆削り

20110404
月刊美術3月号誌上で紹介した、金属製鉛筆削りのコレクションの写真を。折角カメラマン王丹戈君が綺麗に撮ってくださったのに、非掲載になったファイルが沢山。もったいないのでここでちょっと紹介していゆきます。
右端のELMは、何故か撮影現場で大人気でした。そんなに売れたモデルではないけど、無駄に複雑な機構が笑いを誘いました。宇宙人みたいな形ですし。カラーバリエーションがいくつかありましたが、家の奥深くにしまっていて紹介出来なかったのは残念。

でも、このコレクションどうしよう。制作のストレスを逃がす為だけに集めてしまったもので、いつのまにか膨大な資料になってしまいました。このままでは物置に死蔵されるだけです。他の文房具コレクターに呼び掛けて企画展でもやろうかな。
世の中には芯ホルダーコレクターなんかもいらっしゃるそうで、僕はそこまで変態ではないと思います(笑)。

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中止した講演会、そのフォロー。

世田谷美術館分館 宮本三郎記念美術館での講演会は、震災の為、以前ここでアナウンスしたように中止とさせていただきました。実は丁度企画者である学芸員の小金沢君が、震源近くの宮城で被災の真っ最中で美術館まで帰ってくることも叶わない状況だったのです。

代替え企画も探っていたのですが、今回はすっぱりと中止し、私と小金沢君が講演予定の内容を対談し、それをテキスト化して印刷物にし、予約下さった方や質問をくださった方には優先的にそれを送付し、せめてもの代替えとしようと思います。

そんなわけで、1日、エイプリールフールにアトリエでお茶を飲みながら収録致しました。リラックスした対談になりました。御寄せいただいた質問にも全て答えました。7月頃の発送になるかと思いますがしばらく御待ち下さい。

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