« 2015年7月 | トップページ | 2015年12月 »

2015年10月

日曜美術館 『忘れられた天才 明治の洋画家・五姓田義松』 ゲスト出演について

201510041_2

ETV日曜美術館 2015年10月11日(再放送:10月18日 )放送予定の 「忘れられた天才 明治の洋画家・五姓田義松」に、ゲスト出演します。

収録のため、横浜馬車道通りにある、神奈川県立歴史博物館で開催中の、『没後100年 五姓田義松 -最後の天才』 へ行きました。

出演者は、 不肖・諏訪敦の他に、山下裕二さん (明治学院大学教授) 、 角田拓朗さん(神奈川県立歴史博物館 学芸員)、古田亮さん(東京藝術大学准教授)、秋本貴透さん(東京藝術大学准教授)といった、近代美術に造詣が深い面々。

《明治の初め、義松の名は若き天才画家として知れ渡っていた。しかし、なぜかその名声はやがて忘れさられてしまう。一体何があったのか》

美術史から忘却されていた、天才を再び浮上させることは、研究者にとって、もっともスリリングな事業です。若き研究者、角田拓朗さんの功績はここで記録される事でしょう。そしてある意味、日曜美術館の得意分野であるかもしれません。

201510042
五姓田義松(ごせだ・よしまつ 1855-1915)とは、後年、五姓田派といわれる、画工一族の御曹司であり、父は国芳一門に名を連ねる、幕末〜明治の日本美術黎明期にあって、早熟の天才の名をほしいままにした画家です。 10歳のとき、英国人画家・ワーグマンに入門。これは1年遅れてやってきた30歳年上の高橋由一の兄弟子であったことを意味します。義松は恐るべきスピードで上達、日本を代表する画家へと成長しました。更に当時世界美術の中心地であった パリで邦人初となるサロン入選を果たし、フランスアカデミズム絵画を日本人で初めて体得した画家といえましょう。
明治皇室から仕事を依頼されるほどの地位にありながら、何故、その天才性は急速に失われてしまったのか、そして誰が彼を美術史上から抹殺したのか。興味は尽きない画家です。

201510043

番組収録はこのような感じで行われるのです。
実は今回、私は番組からの、無茶振りに応えております。急でしたが、画家を自称する以上、あの程度のことには現場でさらりと応じられなくては、名が廃るというものです。とはいうものの、ひやひやしました(笑)。どんな風に撮れているのか私にもわかりません。

本編で御確かめください。

201510044

この母を描いた小さなタブローは、この時代にあって驚嘆すべき内容を含んでいます。是非、展覧会で、そして日曜美術館で御確かめください。

| | コメント (6)

« 2015年7月 | トップページ | 2015年12月 »