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ETV特集を観ていただいた皆さんに

201604021

ETV特集「忘れられた人々の肖像~画家・諏訪敦 “満州難民”を描く」を観ていただいた皆さん、感謝です。

番組中では3ヶ月ほどの期間の内容を紹介しておりましたが、実際は5年にわたる長期旅行のような取材でした。本当に内外の多くの人に話を聞き続け、事実関係とともに当時の空気、手触りを私の認識の中に再構成することを試みてきました。

あの番組中で行為し、行動していたのは確かに私なのですが、番組自体はETV特集スタッフの作品であり、そこは尊重したかったので、私は一切の編集はおろか、どういうカットを使って欲しいとか、希望を述べたり操作することもしませんでした。

古老達の証言や、私が取材中に見たものにはテレビに適さない、あまりにも残酷な事実や、強すぎる言葉、それぞれの怒りの吐露などの情報も多く、やはりそこは割愛されてましたが、絵画そのものには、それらが何らかの形で反映されております。
もしもあの移民政策にもし視聴者が関心を持ったとしたら、私の行為や発言の端々を辿れば、おびただしい問題点にすぐに突き当たるような作りになっていたと思います。
それが番組中に私が発言していた「一矢報いる」こととは申しませんが、失われた家族の思いとは矛盾することはないと思います。

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カメラの前で仕事をするのは、画家にとってプレッシャーでありますし、手の内を明かすようで、抵抗があるものですが、そういうところで格好をつけたら番組の質に関わりますから、個人情報に類する事項以外は撮影に制限は与えませんでした。
さすがにもう今後は、写真模写云々とか、私の絵画にとってどうでもいい言及のされ方をすることはないでしょう。私が絵画を描くのに、写真は実際あまり役に立ちませんし、そもそもが被写体が不在なのですから。
私の絵画は、もう随分前に一般的な写実という概念とは脱臼しているのでしょう。これはNHKや、ETV特集の取材に協力してきて、その記録が図らずも明瞭にしたことのひとつです。

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発疹チフスのことは、安直な想像で補ってはいけないものですから、正確な知識を求めて、国立国際医療研究センターの 国際感染症センター国際感染症対策室 加藤康幸先生にお教えいただきました。

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顔面は幾つか想定できる選択肢が存在し、何度も描き直すことになりましたが、結局、父親の死に顔を参考にすることとなりました。ひいては、私自身にも似てきました。この顔は骨格を強調した、選択肢の一つ。数日だけキャンバスの上に現れて、上塗り層の下に消えて行きました。

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私があの取材で気づいたのは、祖母にまつわるどんなに過酷なエピソードでも、探し出し、知ることができると、非常に奇妙な感情ですが、ある種の嬉しさも感じたということです。そこに確かに生きていた事を、ひいては存在を確信でき、失われた人たちとの関係を再び切り結び、召喚できるような気がしたからでしょう。

夜遅くまで起きて、最後まで番組をご覧になってくださった皆さん、ありがとうございます。スタッフは放送に耐える内容ぎりぎりまで検討を尽くし番組にしてくれたのだと思います。

見逃した方は NHKオンデマンドでご覧になれます。

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コメント

本来ここで書く内容では無い気もしますが…。
番組を観て、絵はもちろんですが、それと同じくらいに諏訪さん自身に衝撃を受けました。
声や仕草から滲み出る不思議で強烈な色気に腰砕けになりました。
そして写真集を購入し、じっくり観ていたらなぜか具合が悪くなりました(笑)不思議な影響を受けすぎたような感じがします。
地方在住なのでなかなか機会はないかもしれませんが、いつか必ず絵を観に行きます。
その時が来るのを楽しみにしています!

投稿: ひとみ | 2017年5月31日 (水) 00時54分

初めまして。失礼な話で申し訳ありませんが、この番組で初めて諏訪さんのことを知りました。
美術系の知識はほぼ無いのですが、番組を観ていて何か凄く惹かれている自分に気がつきました。
気持ちの変化の大きさに正直びっくりです…。
ブログをされていることを知ったので、ちょこちょこお邪魔させていただこうかと思っています。
よろしくお願いします|ω・`)

投稿: ひとみ | 2017年1月14日 (土) 01時04分

諏訪さん、はじめまして。再放送された番組を拝見し、恥ずかしながらはじめて諏訪さんのことを知った者です。私は諏訪さんと同じ美術大学のデザイン系学科出身で、現在非常勤講師をしております。

番組で紹介された作品、若くして亡くなった女性をみた瞬間、失礼ながら、「完全に写真を超えた絵画だ」と思いました。写真では撮れないものすごいなにかを感じ、これこそ絵のなせる技だ、絵である必要があるものだ、と心を動かされました。お祖母さまを描いた作品は言わずもがな、すごいものを見てしまったとショックを受けました。

その後、諏訪さんの取材力、探求の仕方を拝見し、なにか凄まじいものを見た感覚です。取材で得たことを消化し、自分の中で昇華させ、絵で表現をするという方法があったのだということ、改めてというか、正直はじめて気づいた次第です。絵というものの持つ力をも感じました。
絵に描くということは、言葉で表現することとはまた違う、周辺環境含む相当に詳細で広い情報が必要になると思います。そして、描くものも描く時間も、すべてを舐めるように知ることなしには描くことはできないものと思います。
なんといいますか、諏訪さんを進め方を拝見していて、憑依、といいますか、イタコのような人だな、とも思いました。
こうして明らかになる事実があり、描かれた方々は、きっと諏訪さんに「ありがとう」と言っているのではないかと思いました。
お父さまの無念、国というものがとった行動の酷さに胸がつぶれ、怒りがこみ上げます。
石牟礼道子さんや、山崎豊子さんにも、通ずるところがあるように思いました。

私もふだん自分の足で情報収集をするフィールドワークや取材を心がけています。諏訪さんの取材から作品に繋げる様子には脱帽し、私自身の記憶にしっかりと留めておきたいと思います。
まだまだ掘り起こさなければならないことはたくさんありそうですね。

今後、どこかで実物の作品を拝見したいと思います。素晴らしい番組をありがとうございました。

投稿: S.T. | 2016年9月24日 (土) 03時18分

諏訪さん、
はじめまして。

昨日、2355を何の気なしに見ていて
日付が変わった瞬間、
画面に映った作品に息を飲みました。

「殺していく」という表現に
鳥肌が立ちました。

確かに生きていた、だけどここには何もない。
記憶のかけらすら拾えない。
そんな、
手のひらからこぼれ落ちてしまった呼吸が
そこに描かれているようで、
大好きだった祖母を思いだして
久しぶりに彼女を思い泣きました。

おばあ様の髪を短くするか考えていたときの諏訪さんの表情には
拮抗した感情が反映されていて、
悲しくて美しかったです。

諏訪さんの作品を拝見出来たこと、
とても感謝します。
どうぞご自愛ください。
いつか実物を拝見出来ますように・・・!

投稿: tomo | 2016年9月24日 (土) 01時54分

3回目の放送も拝見しました。
今回は落ち着いて拝見できました。
いつでも笑っていなさいねの言葉や鈴木さんのお母様の亡くなられた日が私の母と同じ日だったりと何度みても心にきます。
それからアトリエの入口にねこね鉢。

遅れましたが、お誕生日おめでとうございます。

投稿: ゆみ | 2016年9月19日 (月) 13時10分

なんだか偶然に再放送を拝見しました。
ずっと前にも日曜美術館でしたでしょうか、諏訪さんの特集を見て、これはなんだかすごいなぁと思っていました。
たくさんの情報が諏訪さんのフィルターを通って描かれていくので、やはりそれは美しいものになっていきますね。
まったくうまく感想を表現できませんが、やっぱりこの人はすごいなぁ、と改めて思いました。

投稿: きつね | 2016年9月18日 (日) 00時49分

先ほど、再放送観させて頂きました。
あなたの事を、この放送で初めて知りました。魅入ってしまい、感動しました。まるで生きているようです。
自分は画家が夢でした。
この先チャンスがあるなら、あなたのようなストイックな自制心というのか、何ていえばいいのかうまくいえないですが、この奮い立たせてくれた気持ちを大事にしていきたいです。
ありがとうございました。

投稿: 日常 | 2016年9月18日 (日) 00時23分

諏訪さん

お疲れ様です。絵を拝見して来ました。ずっと見ていると父もあのような顔を
していたと、亡き父の死に顔を思い出しました。拝見する前は、無念な想いが読み取れるのではと思っていましたが、そうではなかったのです。
上手く言えませんが、あの絵には感情を感じさせない普遍的な死があるように
思え、自分の死に顔を見ている気にもなりました。
驚いたのは下書きのデッサンが、白紙に描かれたのではないことです。
更に、引かれた赤い線はシカゴで見た夜景の街並みよう。(映画ダイハードの夜景です)

キャンパスの雪の下には、ハルビンの街並みがあり、お祖母様は、そこにただ
静かに浮いているような印象を受けました。諏訪さんによって弔われたのですね。
今ではハルビンは、新潟市の友好姉妹都市なのですよ。

今生きていることや今自分にあるものに感謝し、勇気を出せと迫られる絵である
ことは確かだと、人で溢れる東京の街を歩きながら思い返していました。
熊本の地震が、早くおさまることを願いつつ、
諏訪さん ありがとうございました。
PS成山さんは、紳士で感激いたしました! ありがとうございました。

投稿: Milky★Way子 | 2016年4月16日 (土) 19時57分

諏訪さん お久しぶりです ETV特集拝見させていただきました。
このテーマを描こうと必死に歩き回り、出会うべき人に出会え 最後に亡き方が眠られてる場所で手を合わせられ 完成に至った作品を見させていただき 僕にとっては大変意味のある時間でした。

被写体に対する 敬意と尊重はいつも測り知れぬほど深い諏訪さんの姿勢には毎回尊敬の念でいっぱいです。

髪の毛を短く表現なさった後の ”いいんだと思いました”という所 これだけ絵を極められた諏訪さんでもある種の勇気を持って表現した後感じられる事がある事に驚きました

絵は本当に描いてみないとわからない何かが必ず
あるものですね

被写体を心から見つめ自分も向き合って行きたいと改めて実感させていただけた事に心から感謝します。ありがとうございました。

如何なる事があろうとも自分にしか出来ない事を信じてみようと思います

お身体くれぐれも気をつけて 是非九州でも諏訪さんの絵がいつか見れる事楽しみにしています。

投稿: MINORU | 2016年4月15日 (金) 23時50分

番組、成山画廊にての作品、拝見しました。

あのお姿が、亡くなった後だろうか、一瞬前か、その狭間の淡い淡い瞬間か、と想ってしまいました。

投稿: よんよん | 2016年4月13日 (水) 17時46分

再放送も拝見しました。余計な光と音を抑えたくて、画面の明かりだけの部屋でイヤホンを付けて。我にかえった時には、なぜかクッションの上に正座していました。
絵をみる時、なぜ画家がその絵を描いたのか、どのような心情、感情だったのかなど、作品が完成するまでのことを想像するのですが、想像をはるかにはるかに越えていました。完成までの道のりと制作のご様子に惹きつけられ、引き込まれました。貴重な映像を、ありがとうございました。
「人生を閉じる」と言いますが、ひとりの女性が必死に生きて子や孫と命を繋ぎ、それぞれの新たな人生を切り開いていることを考えると、「閉じ」てはいないのかもしれない。妊娠線に感情を揺さぶられながら、ふと、そんなことを思いました。 
描いていらっしゃるご様子は、まさに身を削るよう・・・。削った分は、自然の恵で取り戻されますように。

投稿: 友 | 2016年4月12日 (火) 01時31分

諏訪さん

お疲れ様です。新潟の桜も散り始めてきました。

見えないものを手探りで追いかける月日をいつ終わりと自分の中で決めるのか、
お父様から原稿を託され日から、絵が完成するまでに、諏訪さんの中で沸き上がる様々な気持ちは、想像しきれないのですが、
雪の上に新しい雪が積もって、下の雪が層をなすように、キャンパスの下に
消えていった絵には、諏訪さんの様々な想いが閉じ込められているのでしょう。
そのようにして完成させることで、心の整理が少しでも出来ているといいのですが。
実際に拝見出来る偶然に感謝しつつ、楽しみであると同時に
諏訪さんを通してこれだけある意味作品を共有させてもらう経験は、
初めてなので、自分の中でどのような感情が起こるのか ちょっと不安かも。
覚悟が必要ですかね。貴重な経験をさせて頂けることに感謝いたします。

投稿: Milky★way子 | 2016年4月11日 (月) 15時34分

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