幕末〜明治の現場主義、月岡芳年の無惨絵

201209221更新が御無沙汰になってしまっていたので、私物を御見せします。
中折れもヤケもあってコンディションは良くないのですが、勉強になるので手元に置くことにした作品です。

三島由紀夫江戸川乱歩などが偏愛し、「血まみれ芳年」の異名で知られる月岡芳年の作品。

明治元年のシリーズもの、魁題百撰相 (明治元年 1868)の内、切腹という画題とリアルすぎる表情、死相の刷りなどで知られる「小幡助六郎信世」です。


201209222

魁題百撰相 といえば、慶応4年、彰義隊と官軍の実際の戦闘に弟子を連れておもむき、写生による取材を元にして作られた代表的な作品。
画題こそ過去の武勇伝などになぞらえて、絵空事としての体裁をとっているけれど、殺し合いで歴史を作って来た人間の救いようのなさまでも感じさせる、残虐なディテールの数々は、現場での肉薄あってこその力業。浮世絵紙といえば形式的なフォルムを連想させるけれどさにあらず。国芳の門人でもあった芳年の絵は想像だけではなく、素描〜写生に裏付けされていたのです。

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猫の日

20120222

先日、大宮の喫茶店で取材をしていたところ、アンティークがちょこちょこと売られているのに気付きました。
衝動買いした昭和の絵付け小皿ですが、へなちょこなのだけはわかるのだけど、可愛いのかも、何を描いているのかも微妙です。これってなにかのキャラクターなのでしょうか。御存知の方いらっしゃいますか。
222 で猫の日、ということでアップしてみました。

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端午の節句の河鍋暁齊

20110503道教の鍾馗様の絵姿です。2匹の小鬼をつまみ出しています。こんなに睨まなくても良いのに、というほどの眼力。五月人形の、あの謎の黒ヒゲであります。古くは疱瘡除け。現在は病気平癒、学業成就で有名な民間信仰界のスーパースターです。
唐の6代皇帝玄宗がマラリアにかかった際、夢で彼が病気を祓ってくれたというお話が元になり、急速に世の中に広まったそうで、京都では屋根に瓦職人による人形をよく見かけますね。
この絵姿は河鍋暁齊によるものだけど、おそらく鍾馗札のように、家屋に貼りっぱなしだったのでしょう。すごく状態が悪い。紙も劣化してて購入はためらわれましたが、それも縁起物。日本の雑食性信仰の痕跡だと。
剥離もあってちょっと分かりづらいのだけど、特に青鬼の顔がどこにあるかわかると急にかっこいい筆致とわかります。

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ドローイング描かなきゃ。

20110426
画集の編集作業は、若くて才能ある学芸員を引きずり込んで、彼に解説のほとんどを御願いしちゃいました。
「こりゃ楽になったわい」と思っていたら、掲載する絵や資料は当然、著者である私が描かなくては何も前に進みません。今日は広島のスタジオで以前描いたドローイングの修正+データ化の作業中。

そんな苦痛の日々に嬉しい知らせ。最後の純文学者、古井由吉先生に寄稿いただけそうです。

写真は以前某新聞で公開した、僕の私物の伊藤晴雨。緊縛絵師として名を馳せた晴雨。こんなエロくてストーリー性のある絵を、大正あたりにさらさら量産していた。新聞の事件記事や舞台評の口絵をこなした「筆ネィティヴ」は数で鍛えられている。

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続・血まみれ美少年。

200907116月7日にアップした『競勢酔虎伝』とほぼ同じ意匠。つり下げた生首の角度まで一緒。でも描かれた人物は違います。本能寺で、信長と共に果てた森蘭丸の兄弟、力丸です。
これは彰義隊と官軍の当時の実戦「上野戦争」に材をとった月岡芳年による明治元年のシリーズ『魁題百撰相』の1枚で、実際の戦争を取材するという現場主義リアリズムの賜物。でも結果は歴史上のヒーローの耽美な死に様を描いた58枚もの連作ファンタジーです。
庶民の娯楽としては、こういうダークサイドへの憧憬は、現代と変わらないのでしょう。芳年の作品の中では白眉のシリーズ。逆まつげの(笑)美少年は死相をまとってこそ輝くのかもしれません。

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100年前の不忍池でリアクション。

20090626
芳年の晩年の作品。とは言え風刺ですらない、ただただ面白ければ良いという代物。反面100年程前の時代風俗と冗談のレベルがリアルに伝わるシリーズ、東京開化狂画名所。
不忍池へ墜落したカミナリ様が、ずるずる池からあがって来て、巡査とおっさんが激しく驚いている、という冗談以下の嘘絵です。いまでいうUFOから宇宙人が現れた、という趣向でしょうか。
国芳直伝の妖怪画で慣らした芳年デザインのカミナリ様はなかなかカッコいいけど、彫りと刷りがひどくて不明瞭なのが残念。それより股間丸出しで驚きまくっているおじさんの描写が凄い。

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血まみれ美少年。

20090607また所蔵の浮世絵ネタです。興味ない方はすみません。
月岡芳年による明治7年のシリーズ『競勢酔虎伝』の1枚。列藩會盟随一の美少年とうたわれた笹井某の肖像。
明治維新で時代に葬られた幕府の名だたる実在の武士を、暗喩した空想のキャラに換えて、市民にブロマイドのように販売していたようです(はっきり本名でそれとわかるとさすがに怒られたのでしょう)。
判官贔屓というか滅び行く者を美化する日本人特有の心理は根深い。
この時代は実物の晒し首を頻繁に見る機会があったのか、襷がけにした生首の描写だけがやけにリアルで、記号的なお手本の写しを基本とする浮世絵の様式からは完全に逸脱しています。現代のビジュアル系やゴスの子達にも見られるように、美少年というのはこんな鮮血にまみれる構図が定番のようです。

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秘蔵の迷画。

20090515

つまらないものですが、御見せしましょう。
最後の浮世絵師とうたわれた芳年「東京開化狂画名所」の中でも、あまりのくだらなさでつとに有名な1枚です。(御届 明治14年1月6日 画工 月岡米次郎 出版人 網島亀吉)
芳年は残虐なだけではないんですね。この程度のネタで爆笑をとれた幸福な時代。
驚きなのは、この風景が、麻布広尾原であることです。麻布界隈のあまりの田舎ぶり、明治には人を化かす狸たちが庶民にとってこんなに身近でリアルだった事にも、隔世の感があります。

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芳幾の「悪玉」。

200905111昨日、おかしな江戸末期の浮世絵を古物商でみつけました。芳幾(1833〜1904) の三枚揃いのうちの1枚で半端物なのが残念。安かったけど。
芳幾は国芳門下で、兄弟弟子の芳年との合作「英名二十八衆句」でブレイクし、一時は浮世絵三傑にも数えられていたようです。後年、発起人の一人となった「東京日々新聞」はいかがわしさ全開で、現代の目で見てもおもしろい。
この錦絵「善悪思案内」は遊郭で遊ぶ男女を描いたもののようです。顔に「悪」と記された沢山の小人が、登場人物にまとわりついていますが、これは「悪玉」といって、本来絵には描けない勧善懲悪の概念を具象化したものです。

わかりやすい。

精霊というにはあまりに下品な下町のおっさんのよう。御丁寧に、はちまき、ふんどしまで絞めています。
当時の黄表紙(成人向き簡易装幀本)などにもしばしばみられた表現のようですが、この絵には他では見られる少数派の「善玉」は見つけられません。さぞ悪い下心があるひとたちばかりなんでしょうね。
現代の松本英子の漫画を思い出します。
200905112

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月百姿。

昨日は漫画家であり人気ブロガーの柴田亜美と、外人ツアー客で込み合う原宿の太田美術館に月岡芳年展「風俗三十二相」「月百姿」を見に行きました。
柴田女史は毎日犬に散歩へと連れ出してもらっていると評判であり、道を歩いていると犬、狗、狢、の類に魅入られた、心なしか犬顔の人間どもからよく声をかけられているようだ。

20090505
月岡芳年展はなぜか此の頃あちこちの美術館や大学で企画展が開かれて、再評価著しい。
「風俗三十二相」はエロくって、だらしなくって、可愛らしく、思いのほか身近な風景を眺める思いでした。
「月百姿」をまとめて見られるのも嬉しい。ほぼベストの状態のコレクションを確認出来ます。これらに比べると、私が所蔵しているこの孝女ちか子は、雲の形を浮き出すための空摺のエッジが鈍い事を発見して、ちょっとショック(苦笑)でした。顔に斜光を当てると、鼻筋の微妙な塗り分けに沿ったシャープな段差を観察出来ます。

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